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2022.09.10
心理療法

EMDRとは

EMDRは過去の辛い体験のために起こる症状を解消するのに効果のある心理療法です。EMDRはEye Movement Desensitization and Reprocessing(眼球運動による脱感作と再処理療法)の略ですが、文字通り眼球の動きを利用して、過去の未処理(未消化)の体験を脳が再処理(消化)するのを助けます。日本ではまだあまり知られていませんが、私の住むアメリカではその効果が一般の人にも知られるようになってきました。

EMDRの始まり

この一見変わった療法はフランシーン·シャピーロという心理学者が公園を歩いているとき、彼女を悩ませていた問題が気にならなくなったことに気づいたことから始まりました。Shapiro, 2012)。悩みが頭に浮かぶとき何が起こっていたかを観察すると、自分の眼球が高速で左右に動いていたのです。この偶然の発見から彼女は現在のストレスだけでなく、過去のトラウマ的な記憶を処理してその影響を無くすことができるようEMDRを発展させていきました。

なぜEMDRは効果があるのか?

なぜ眼球の動きがトラウマ(外傷記憶)やその他の辛い体験の解消に効果があるかは実はまだ解明されていません。シャピロはAIPモデル(適応的情報処理モデル)と言う仮説を立てました。この仮説によると私たちの脳には元々健康な方向に向かう力が備わっており、大抵の場合は辛い出来事があっても脳はそれを自然に処理します。嫌な体験があっても一晩眠るとあまり気にならなくなったり、それに対応する良いアイディアを思いつくことがありますが、これは脳が寝ている間にその体験を上手に処理してくれたからです。

しかし嫌な体験の強度が脳の処理キャパシティを超えてしまうと、その体験は未処理のままで脳に貯蔵されてしまいます。そしてその嫌な体験を思い出させるようなきっかけがあると、そのときの感情、身体感覚、信念、行動などが蘇ってしまうのです。

例えば大事なプレゼンテーションで自分のコンピューターがうまく作動せず、散々なプレゼンテーションになったとしましょう。この失敗の体験を脳が上手に処理したら、残念な体験ではあったけど、次からはバックアップのコンピューターを持っていくようにするなどの学びの機会となります。でも脳がうまく処理できないと、しばらくしてもプレゼンテーションをすることを考えただけで失敗したときの嫌な気持ちや「自分はだめだ」というネガティブな考えが起こってきて、そうした機会を避けるようになるかもしれません。

AIPモデルによると、トラウマのような嫌な記憶を消化し栄養(学び)としていくには、脳の情報処理システムを活性化することが欠かせません。目を左右に動かす、左右にタッピングするなどの交互刺激をすることでこの活性化が起こると考えられています。

EMDRのセッションではクライエントは嫌な記憶を思い出しながら、眼球を動かしたり、タッピングするように指示されますが、こうして脳の処理能力を活性化して未処理の記憶を処理(消化)していくのです。ですから上記の例でしたら、初めの失敗をターゲットにしてEMDRを行うことになるでしょう。

EMDRセラピーの流れ

EMDRはとても効果のある方法ですが、それだけに準備ができていないで行うとクライエントが混乱することもあります。ですから準備にしっかり時間をかけます。今悩んでいる問題や、生育歴などを聞き取りながら、その問題の解決にEMDRが向いているか、またその人がEMDRを受けるキャパシティがあるかなどを判断して、治療のプランを立てます。

準備が十分できたところで、現在の問題に影響を与えている過去の記憶を思い出してもらい、その中から再処理していく重要な記憶を選びターゲット(再処理をする体験)とします。上記のプレゼンテーションでの失敗は単純な例ですが、実際にはもっと複雑な体験が絡んでいることが多いので、悩みの背後にどのような過去の体験があるかをクライエントは意識できないことが多いです。その場合はEMDRセラピストの助けを借りながら今の悩みに影響している過去の体験を見つけていきます。

そしてセラピストはクライエントにターゲットとなった一つ一つの記憶を思い出してもらいながら、眼球を動かすように指示して(注:セラピストの指を追ったり、専用のアプリケーションの丸い球の動きを目で追ってもらったりします)、脳がその記憶を再処理して、それを忘れるわけではないが今の生活に影響が与えることがなくなるように助けていきます。

EMDRセラピーに必要な期間

交通事故の後、運転が怖くなったなど一つのトラウマが原因になっている場合は、数回のカウンセリングで良くなることが多いです。一方、今の問題の背後にもっと複雑な幼少期の体験などが影響している場合には、年単位のカウンセリングが必要になる場合もあります。

オンラインによるEMDR

パンデミックのせいでアメリカでは多くのセラピストはオンラインセラピーに移行しました。これに際してEMDRセラピストたちもコンピューターのプログラムを使ったり、タッピングを使うなどの工夫をし、オンラインでも効果的な治療ができるようになりました。

引用文献:

Shapiro, F. (2012). Getting past your past: Take control of your life with self-help techniques from EMDR therapy. New York, NY: Rodale.